大学に行きたい理由は片手で数えられるほどしかなくて、大学に行きたくない理由は100以上にある。それでも両方を天秤にかけたら余裕で大学行きたいほうに振り切れるんだろーな。要は受験勉強に耐えかねて無理矢理行きたくない理由作ってるってことだろ。ただの現実逃避だ。分かってる、分かってるんだけどさ、それでもやっぱり。学校で学ぶことにもそれなりに価値はあると思う。だけど教科書や参考書の文字を眼で追うだけのことに何故わざわざ学校というところに行かなきゃならんのか分からん。でももうその答えは知ってるんだ、学校で人と触れ合って人間のこころを身につけろってことなんでしょ?ちがう?ちがってたらごめん。でもわたしはそう感じて、そういう理由で自分を納得させて登校してんだ。教科書で見るダリの「記憶の固執」には胸を焦がされど、それ以上はない。多分本物をこの眼で見たら、それだけでしねる。ごめんそれは少し大袈裟。学校じゃ教えてくれない何か〜〜〜みたいな文句をよく聞くけれど、あれは確かだと思っている。現にお金さえあれば結構何でも思うとおりにことは進む。それを教えてくれたのはお父さんだ。(わたしは密かにこの血の繋がっていない父を尊敬している。)そういえばホリエモンも「お金で買えないものはない」と言っていたさね。でもさあ、その考えは一理あるがとても寂しいものだとも思う。ああ、だいぶ日和ってきてるなー。

神戸に住んでいる弟が、珍しく電話をかけてきた。母親が再婚するらしい。高校1年生の彼は、新しい父親を殺すことばかり考えている。そしてそんな自分を恐れている。「高校1年なんて、そんなもんだよ、ししゅんきだもん。お姉ちゃんも、未だにそうだしね」と言えば、「うぜえ死ね」とゆい、直後に「ごめん」と言った彼が愛しい。電話の向こうで、彼は泣いていた。
「前から思ってたけど、姉ちゃんって何かおかしいよな」「そう?ありがとう。」「やっぱおかしーよ、頭」「そんな頭おかしい女の弟なのだよ、君は」「血半分しか繋がってないやん。でも、まあ、血は関係ないかな。僕は姉ちゃんの弟やな」
高校3年生にもなって、弟との電話で盛大に泣くなんて、異常だな。でも泣かせてんのは弟だ。